Friday, November 11, 2005

懐かしい給食

前回のポストに小学校の給食はあまり美味しくなかったと書いたが、給食の時間は面白くなかったわけじゃない。

うちの学校では、全校の生徒が同じカフェテリアで食事をしていたが、約四百人の生徒たちが一遍に食事の出来るほどの広い場所ではなかった。よって、時間をずらして、学級別に食べていた。幼稚園から三年生まで、十一時半から順番に食べて、十二時からは四年生から八年生までだった。しかし、上のほうは逆順で、四年生の給食は一番最後だった。そのころの僕たちは、カフェテリアの外で列に並んで待ちながら、つまらない話をして時間をつぶしていた。

「夕べのテレビ見た?」

「いや、宿題は終わってなかったから、見れなかった」

「そう?Laugh In は面白かったよ。でも、あのゴルディ・ホーンってホントにばかだよね」

「まぁね、でも可愛くない?」

「うん、うん」

といったような、中身のない会話ばかりだった。この調子で給食の時間を過ごしたが、ある日、くしゃみの事件が起こった。火曜日のスパゲッティの日のことだった。

忘れてもいいくらい普通のトマト味のスパゲッティを食べながら四五人の友達とわいわい話していた時に、僕のそばに座っていた友達がいきなりくしゃみをした。「ブレス・ユー」と僕が言ったら、向い側の友達が急にケラケラと笑い出して、くしゃみをした友達に指を差していたのだ。

「ナヌ?」

と思って隣の友達の顔を見たら、彼の右の鼻孔からスパゲッティの麺一本が垂れていた。そう、友達がちょうどスパゲッティを呑み込もうとしていた時にくしゃみをしてその勢いで鼻から一本出た!

「ギャハハハハハ」と笑いが止まらなかった。今思うと友達は可哀そうだったけど、当時の僕らはそんな同情は出来っこなかった。だって、その友達はその一本のスパゲッティを鼻から取って、また口に入れたのじゃ!

「ギャ~」と、益々お腹を抑えながら笑い続けていた。

ハ~。こんな事件を思い出すと、「給食の時間は楽しかったよね」、とため息を。

Friday, November 04, 2005

給食

僕はメリノールというカトリック教の小学校へ通った。この学校は、日本人のカトリック信者のために創立した教会に所属する学校だったから、そこで幼稚園から小学校八年(日本の中二に当たる)まで勉強した生徒たちは日系人だったのだ。今のアメリカでは、こういう学校は違法で存在しないけど、当時は、60年代のマティン・ルーサー・キングとその人権運動以前の時代であったから、我々に日系人にとっては、こういうようなところはあってしかるべきところだっていた。

しかし、人権や差別問題から守ってくれるような組織にしては、学校給食にはあまり力を入れなかったのだ。ホット・ランチと言って、確かに日本の冷たい弁当や米国の(当時の)粗末なサンドウィッチより栄養バランスはずっとよかったかもしれないけど、我々ガキにとってはあまりおいしくなかった。その日その日のメニューが決まっていて、皆まったく同じものを食べていた。一番記憶に残ってる「定食」はエッグ・フー・ヤングだった。日本の、蟹の入っていない「かに玉」みたいなもので、あんかけは塩っぱかたし、この「かに玉もどき」はたくさん作らなくてはいけなかったから、いつも冷めていた。立派な「ホット・ランチ」だった。半分食わず、先生の見てないときに捨てた時も多々あり。

ハ~。当時の高級料理といえばステーキとポテトだったから、中華もどきはいいほうだったかもしれない。でも、おかげさまで、いい面もあったといえる。我々は現代の肥満問題を避けることができた。